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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)640号 決定

抗告人 谷川政一

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は「原決定を取消す。本件強制競売手続を続行する。」との裁判を求め、その抗告理由として別紙記載のとおり陳述した。

よつて案ずるに、原審強制競売事件記録によれば、原裁判所は右抗告理由記載一、二の経過により、本件競売不動産の最低競売価額四七〇万円では、抗告人の債権に先立つ不動産上の負担四七二万九、三七〇円および競売手続の費用を弁済して剰余のある見込がないとして、本件強制競売手続を取消し、該競売申立を却下するとの決定をしたのであるが、その抗告人の債権に先立つ不動産上の負担の計算関係は、交付要求にかかる地方税四六、八二〇円のほかに、抗告人が昭和三七年二月一四日、申立全物件につき登記した仮差押に優先する債権として、

一、申立全物件につき、昭和三五年四月九日登記された債権者大同信用金庫の、元本極度額三〇〇万円、契約期間の定めなし、利息日歩三銭五厘、債務不履行の場合の損害金日歩六銭とする根抵当権

二、競売物件目録末尾、建坪一〇坪の建物につき、昭和三一年一〇月二日登記された債権者住宅金融公庫の、債権額二七万円、弁済期日昭和四九年一月一五日(ただし右元金は昭和三一年一〇月一五日を初回とし、昭和四九年一月一五日を最終回として、毎年毎月一五日に一、三〇〇円ずつ、最終回は九〇〇円の分割払)利息年五分五厘、債務不履行の場合の損害金日歩五銭とする抵当権

が各存在するところ、一の根抵当権による被担保債権額は、その元本極度額およびこれに対する二年分の、日歩六銭の率で算出した最大限度の損害金の合計四三一万四、〇〇〇円とし、二の抵当権による被担保債権額は、元本を全額残存するものとし、これに対する二年分の日歩五銭の率で算出した最大限度の損害金を加えた合計三六万八、五五〇円とし、以上合計四七二万九、三七〇円となるとの計算方法によつたことが明かである。抗告人は具体的に数額を明かにしないが、抗告人の債権に先立つ不動産上の負担および手続費用は、前記最低競売価額を超えるものではないと主張する。

右のうち、地方税債権の優先することについては問題はない。

そこで、前記無剰余の判断をなすに際し、債権額の変動が予想される一、二の優先債権につき、右のような計算方法をとることの適否について考えるに、民訴第六五六条の無剰余の有無を判断する際に、最低競売価格と対比すべき不動産上の優先債権は、差押債権者の債権に先立つて現実に配当を受くべき債権であるから、それが根抵当権によるとき、または元本が割賦弁済により逐次減少を予定される債権であるときは、その登記された極度額または元本名義額によるべきではなく、右判断時における現存の被担保債権額によるのが相当である。しかし、執行裁判所が右現存の被担保債権額を認定する方法としては、当該根抵当権者等が強制競売手続の当事者ではないために、直接審尋等の手段がとれない制約があり、競売申立債権者をして現存額につき疎明資料を提出させ、または当該根抵当権者等をして本来競落期日までに出せばよい民訴第六九二条による計算書を早目に提出させるなどの方法も考えられ、裁判所がかような措置をとることは望ましいことではあるけれども、元来競売申立債権者は競売手続の進行につきもつとも利害関係ある者であるから、自ら進んで右現実の債権額を明かにするようつとめることが期待され、執行裁判所においても、右のような措置をとることが法律上義務づけられているものでもないから、執行裁判所が現実にかような措置をとるべきか否かは、その裁判所の裁量により決定されるべきことがらであつて、裁判所がかような措置をとらなかつたとしても、それをもつて違法または不当な取扱ということはできない。

そして、競売申立債権者が自ら右のような資料提出等をせず、競売裁判所も右のような措置をとらないときは、裁判所としては自ら前記問題の現存債権額を知るに由ないから、かような場合は最大限に存在可能性のある額、すなわち根抵当にあつてはその登記された極度額(元本極度額であるときは、これに対する法定最大限度の、二年分の損害金をも加算)を、割賦弁済債権にあつてはその名目元本額(およびこれに対する前同様の損害金)をもつて現存債権額と推定することも、やむを得ない方法として許されると解すべきである。本件についてこれを見るに、前記一、二の優先債権の現存被担保債権額については、競売申立債権者たる抗告人において自ら疎明資料提出等の労をとらず、原裁判所も特別な措置をとらなかつたことは記録上明かであるから、原裁判所が右現存被担保債権額を前記のようにその登記上の極度額、または元本名義額を基準として算出したこと(これはそのように推認される)は前記理由によりあえて違法または不当ということはできない。

また、抗告人は当審においても右問題の優先債権の現存額について、なんら疎明資料の提出等もしないので、現時において右現存債権額が、原裁判所の算出額より少額であるということも、これを認定することができない。

してみると、前記推定による計算方法を前提として本件競売手続につき民訴第六五六条を適用した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 千種達夫 渡辺一雄 和田保)

(別紙)申立の理由

一、本件強制競売申立事件は昭和三八年二月二二日強制競売開始決定が為され、昭和三八年八月五日、最低競売価格金五百五拾弐万九千円として、競売期日が開かれたが、競買申出人なく、その結果、最低競売価格が金四百七拾万円と決定せられた。

二、然るところ、右価格では、申立人の債権に先だつ不動産上のすべての負担及び競売手続の費用を弁済して残余を生ずる見込なしとして昭和三八年八月二九日東京地方裁判所より申立人に対して民事訴訟法第六百五十六条の通知ありたるところ、申立人が右通知に命ぜられた期間内に同条所定の手続を採らなかつたゝめ、原決定が為されたものである。

三、然し乍ら、申立人の債権に先立つ不動産の負担及び手続費用は前記競売最低価格を超えるものではないので、本申立に及んだ次第であります。

本項記載の事実及び立証は別に書面を提出致します。

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